ロープクライミングで落下を止める際、クライマーにはどれほどの衝撃荷重がかかるのでしょうか。本稿では、ロープの伸びと一定張力での滑りを仮定するWexlerのモデルから、クライマー側の最大張力(衝撃荷重)を求める公式を導きます。得られた公式から、落下係数やロープの滑り量が衝撃荷重にどう影響するかも考えます。静的ビレイの式との関係や、ビレイヤーの移動を伴うダイナミックビレイにそのまま適用できない理由も確認します。
Wexlerが考えたダイナミックビレイ
Arnold Wexlerは1950年の論文 The Theory of Belaying で、固定したロープによる静的ビレイと、支持部でロープを制御して滑らせるダイナミックビレイを解析しています。後者では、張力がある値に達すると滑りが始まり、滑っている間はその張力が一定に保たれると仮定します。原典:American Alpine Journal, 1950。
以下では、この理想化モデルの式を一段ずつ計算します。
「静的ビレイ」は支持端を動かさず滑らせないという境界条件の名称であり、ロープが伸びないという意味ではありません。
変数と仮定
| 記号 | 意味 | 単位 |
|---|---|---|
| \(M\) | クライマーの質量。装備を含める場合は合計質量。 | \([\mathrm{kg}]\) |
| \(g\) | 重力加速度。 | \([\mathrm{m/s^2}]\) |
| \(H\) | 落下開始からロープが張り始めるまでの自由落下距離。 | \([\mathrm{m}]\) |
| \(L\) | 伸びを担うロープ部分の、張力がかかる前の長さ。 | \([\mathrm{m}]\) |
| \(x\) | 張力が \(F\) に達したときのロープの伸び。 | \([\mathrm{m}]\) |
| \(S\) | 張力が \(F\) に達してから最初の停止までに、ビレイ点で滑るロープの長さ。 | \([\mathrm{m}]\) |
| \(F\) | クライマー側の衝撃荷重(最大張力)。滑り中は一定。 | \([\mathrm{N}]\) |
| \(K\) | 張力と伸び率を結ぶ定数。\(F=Kx/L\) と定義する。 | \([\mathrm{N}]\) |
| \(k\) | ロープ全体のばね定数。\(k=K/L\)。 | \([\mathrm{N/m}]\) |
計算では \(M\gt 0\)、\(g\gt 0\)、\(L\gt 0\)、\(K\gt 0\)、\(H\ge 0\)、\(S\ge 0\) とします。体重に相当する力は \(Mg\,[\mathrm{N}]\) です。\(K\) と \(k\) は意味と単位が異なるので区別します。
クライマーを質点として扱い、静止状態から鉛直に落下するとします。ロープの質量、空気抵抗、身体やハーネスの変形は省略します。ロープは張力ゼロからフックの法則に従って伸び、弾性係数は一定とします。張力 \(F\) に達するまでは滑らず、その後だけ一定張力で滑るとします。
また、支持点の移動や途中のカラビナでの張力差は扱わず、クライマーに作用する上向きの張力が、滑り中に \(F\) となる一次元モデルです。滑りによって伸びを担うロープ長が増える効果も追跡せず、\(k=K/L\) を固定します。
\(F\) はクライマー側の衝撃荷重を表す
本稿の \(F\) は、落下を止める過程でクライマーがロープから受ける力の最大値、すなわちクライマー側の衝撃荷重です。張力は 0 から \(F\) まで増え、その後は \(F\) を一定に保ちながらロープが滑ります。そのため \(F\) は、停止過程の最大張力であると同時に、滑っている間の一定張力でもあります。落下開始から停止までの平均荷重ではありません。
滑り中のクライマーには、ロープによる上向きの力 \(F\) と、重力による下向きの力 \(Mg\) が作用します。滑り中の合力は、上向きを正とすると \(F-Mg\) です。したがって、滑り中は、上向きの張力 \(F\) から下向きの重力 \(Mg\) を引いた力 \(F-Mg\) によって、落下速度が減少します。
停止までの下降距離は \(H+x+S\)
運動を三つに分けます。まずロープが張るまで \(H\) だけ自由落下します。次にロープが \(x\) だけ伸びて、張力がゼロから \(F\) まで増えます。最後に、その張力を保ってロープが \(S\) だけ滑り、下向きの速度がゼロになります。
ここでは、この最初に速度がゼロになる瞬間までを考えます。その後の跳ね返りや揺れは扱いません。
滑り中は張力とばね定数が一定なので、伸び \(x=F/k\) も一定です。この仮定のもとで、クライマーの下降距離は \(H+x+S\) となります。したがって重力がする仕事は、
\[W_g = Mg(H+x+S)\]
です。
弾性エネルギーと \(FS\) 項の由来
伸びの途中の値を \(u\) とすると、ロープ張力は \(T(u)=ku\) です。ロープに蓄えられる弾性エネルギーは、
\[U=\int_0^x ku\,du=\frac{1}{2}kx^2=\frac{1}{2}Fx\]
となります。力は伸びに比例してゼロから \(F\) まで増えるので、伸びに対して平均した力は \(F/2\) です。これは時間に対する平均力を意味するものではありません。
一方、滑りの途中の距離を \(s\) とすると、一定の抵抗 \(F\) に抗して滑る仕事は、
\[Q=\int_0^S F\,ds=FS\]
です。積分変数 \(s\) を 0 から総滑り長 \(S\) まで動かして積分します。滑り中の力は最初から最後まで \(F\) なので、平均も \(F\)。
\(FS\) は、滑りの摩擦によって力学的エネルギーからロープや接触部の熱的な内部エネルギーへ変換される分です。これを「散逸」と呼びます。一方、\(Fx/2\) はロープの伸びとして蓄えられる弾性エネルギーです。
エネルギー収支を立てる
落下開始時と、落下後に初めて下向きの速度がゼロになる停止時を比較します。どちらの時点でも運動エネルギーはゼロなので、停止までに失われた重力の位置エネルギーは、ロープに蓄えられる弾性エネルギーと、摩擦によって熱的な内部エネルギーへ変換される分の和に等しくなります。
\[Mg(H+x+S)=\frac{1}{2}Fx+FS \tag{1}\]
二次方程式を解いて張力 \(F\) を求める
フックの法則 \(F=Kx/L\) より、\(x=FL/K\) です。これを(1)へ代入すると、
\[Mg\left(H+\frac{FL}{K}+S\right)=\frac{F^2L}{2K}+FS\]
両辺に \(2K/L\) を掛け、右辺から左辺の項を引いて整理します。
\[F^2+2\left(\frac{KS}{L}-Mg\right)F-\frac{2MgK(H+S)}{L}=0\]
二次方程式の解の公式から、正の張力となる解を選ぶと、
\[F=Mg-\frac{KS}{L}+\sqrt{\left(\frac{KS}{L}-Mg\right)^2+\frac{2MgK(H+S)}{L}}\]
平方根の中を展開すると、\(S\) に比例する二つの項が相殺します。
\[\begin{aligned} &\left(\frac{KS}{L}-Mg\right)^2+\frac{2MgK(H+S)}{L}\\ &=\left(\frac{KS}{L}\right)^2-\frac{2MgKS}{L}+(Mg)^2+\frac{2MgKH}{L}+\frac{2MgKS}{L}\\ &=(Mg)^2+\frac{2MgKH}{L}+\left(\frac{KS}{L}\right)^2 \end{aligned}\]
したがって、求める公式は次の形になります。
\[\boxed{F=Mg-\frac{KS}{L}+Mg\sqrt{1+2\frac{K}{Mg}\frac{H}{L}+\left(\frac{K}{Mg}\frac{S}{L}\right)^2}}\tag{2}\]
導出に必要なのは、重力の仕事、ばねの弾性エネルギー、一定張力で滑る仕事の三つです。平方根の中は無次元で、式全体の単位は \(\mathrm{N}\) になります。
衝撃荷重は落下係数 \(H/L\) と滑り量の比 \(S/L\) で決まる
質量 \(M\)、ロープの弾性定数 \(K\)、重力加速度 \(g\) が同じなら、このモデルの衝撃荷重 \(F\) は、落下係数 \(H/L\) と滑り量の比 \(S/L\) で決まります。ここで \(H/L\) は自由落下距離をロープ長で割った値、\(S/L\) は停止までの滑り長を同じロープ長で割った値です。どちらも単位を持たない比です。
(2)の両辺を体重に相当する力 \(Mg\) で割ると、依存する量が明確になります。
\[\frac{F}{Mg}=1-\frac{K}{Mg}\frac{S}{L}+\sqrt{1+2\frac{K}{Mg}\frac{H}{L}+\left(\frac{K}{Mg}\frac{S}{L}\right)^2}\]
左辺の \(F/Mg\) は、衝撃荷重が体重に相当する力の何倍かを表します。右辺には \(H/L\)、\(S/L\) に加えて \(K/Mg\) も現れます。つまり、二つの長さの比だけで誰にでも共通の荷重が決まるわけではなく、クライマーの質量やロープの弾性も必要です。「同じロープ」とは、ここでは同じ弾性定数 \(K\) を持つロープを意味します。
\(M\)、\(K\)、\(g\) を固定すると、\(S/L\) が同じなら \(H/L\) が大きいほど荷重は大きくなります。逆に、\(H/L\) が同じなら \(S/L\) が大きいほど荷重は小さくなります。静的ビレイでは \(S=0\) なので、同じクライマー・同じロープなら落下係数 \(H/L\) だけで最大荷重が決まります。
例えば、\(H\)、\(L\)、\(S\) をすべて2倍にすると、\(H/L\) も \(S/L\) も変わらないため、\(F\) は同じです。ただし、\(x=FL/K\) よりロープの伸びも2倍となり、総下降距離 \(H+x+S\) は2倍になります。
この式は、同じ落下条件で滑り長 \(S\) と一定張力 \(F\) を結ぶ関係でもあります。後の「滑りを増やすと張力が下がる理由と限界」で、\(F\) を与えて停止に必要な \(S\) を求める式と、その成立条件を確認します。
\(S=0\) なら静的ビレイの式に戻る
ロープを滑らせない場合は \(S=0\) です。(2)は、
\[F_{\mathrm{static}}=Mg\left(1+\sqrt{1+2\frac{K}{Mg}\frac{H}{L}}\right)\]
となります。これが同じ線形弾性モデルにおける静的ビレイの最大張力です。
\(H=0\)、\(S=0\) とすると \(F=2Mg\) になりますが、これは、伸びていないロープに急に荷重をかけた場合の結果です。すでに体重を支えて静止している状態の張力は \(Mg\) です。
滑りを増やすと張力が下がる理由と限界
ここからは(2)を使った数学的な確認です。\(k=K/L\)、\(A=(Mg)^2+2MgkH\) と置くと、
\[F(S)=Mg-kS+\sqrt{A+(kS)^2}\]
なので、\(S\) による微分は、
\[\frac{dF}{dS}=-k+\frac{k^2S}{\sqrt{A+(kS)^2}}\lt 0\]
です。\(A\gt 0\) なので、\(M\)、\(g\)、\(H\)、\(L\)、\(K\) を固定したこのモデルでは、\(S\) を増やすと張力が下がります。ただし、停止距離は長くなります。さらに \(S\to\infty\) とすると \(F\) は \(Mg\) に上から近づき、ゼロにはなりません。これは、他の条件とばね定数 \(k=K/L\) を固定したモデルの形式的な極限です。
この下限は運動方程式からも分かります。滑り中に下向きの速度を減らすには、上向きの合力 \(F-Mg\) が正である必要があるためです。一定張力 \(F\le Mg\) のままでは、すでに落下しているクライマーを止められません。
逆に、滑り中の張力 \(F\) を与えて必要な \(S\) を求めると、(1)から、
\[S=\frac{MgH+\dfrac{MgF-F^2/2}{k}}{F-Mg}\]
となります。滑りを伴って有限距離で停止する条件は \(Mg\lt F\lt F_{\mathrm{static}}\) です。\(F=F_{\mathrm{static}}\) なら \(S=0\)。静的最大張力より大きい値を滑り開始の設定値にしても、その値に達する前に停止するため、この滑り過程は起こりません。\(F\) と \(S\) は独立に好きな値へ設定できるわけではありません。
モデルの適用範囲と注意点
実機の荷重と摩擦への当てはめ
\(F\) はクライマー側のロープ張力です。制動側のロープを手で握る力や、中間支点にかかる合力とは区別します。また、実機のデバイスだけで生じる摩擦熱を \(FS\) と置けるとは限りません。固定されたデバイスのクライマー側張力を \(T_1\)、制動側張力を \(T_2\)、両側で等しいロープ通過速度を \(v\) とします。接触部分のロープ自身のエネルギー変化を無視すれば、デバイスでの単位時間あたりの散逸エネルギーは \((T_1-T_2)v\) です。手や他の接触部での仕事、支持部の運動もあれば、それぞれを含む収支が必要です。\(FS\) は、本稿の簡略化したモデルで滑りによる散逸をまとめて表す項です。
ビレイヤーの移動を伴うダイナミックビレイとの違い
現代のダイナミックビレイでは、ロープの伸びに加え、ビレイヤーの移動や持ち上がりも停止過程に影響します。PetzlもGRIGRIでのダイナミックビレイについて、ビレイヤーの動作が中心であり、余分なたるみを大量に残すこととは異なると説明しています。Petzl:Dynamic belaying with the GRIGRI。
ビレイヤーが動く場合、エネルギーは摩擦熱だけでなく、ビレイヤー自身の運動エネルギーや重力位置エネルギーにも移ります。そのため、式の \(S\) をそのまま「ジャンプの高さ」や「ビレイヤーの移動距離」に置き換えることはできません。両者の運動とロープ経路を含む別のモデルが必要です。
また、「落下を止める過程で抵抗を受けながら滑る \(S\)」と、「ロープが効く前の自由落下距離を増やすたるみ」は別です。余分なたるみは \(H\) を増やし得るため、ここで得た \(S\) の効果をそのまま当てはめられません。
長い滑りへの外挿と実際のビレイ
実際に非常に長く滑らせる場合には、伸びを担うロープ長や制動条件が変わり得るため、先に求めた \(S\to\infty\) の極限をそのまま実際のロープ系へ当てはめることはできません。
停止距離の増加は、地面や棚への衝突リスクにも関わります。現実のロープの非線形性・履歴による散逸、カラビナの摩擦、体重差、ロープ経路などを省略した(2)だけで、実際の最大荷重や安全な滑り量を決めることはできません。
本稿は歴史的モデルの物理解説であり、手を緩めたり、デバイスの制動を解除したりして滑りを再現する手順ではありません。実際のビレイでは使用器具の取扱説明書に従い、制動側のロープを保持します。Petzlは落下を止める際の制動側の保持と、ビレイヤーが引かれる範囲の障害物への配慮を説明しています。Petzl:Stopping a climbing fall。
式を読み解くための要点
出発点は \(Mg(H+x+S)=Fx/2+FS\) です。ロープを伸ばす段階では力が増えるため \(Fx/2\)、一定張力で滑る段階では \(FS\) になります。そこへ \(x=FL/K\) を代入して二次方程式を解けば、ダイナミックビレイの式が得られ、\(S=0\) の極限で静的ビレイの式とつながります。
「停止までにどれだけ動くか」だけでなく、その間にどのような力が作用し、エネルギーがどこへ移るかを見ることが、この公式を正しく理解する鍵になります。
参考記事
クライミングの衝撃荷重はなぜ落下係数で決まるのかを初等力学で考える 後編|Mickipedia ミキペディア。静的ビレイの式の導出と落下係数の意味を解説した記事です。ダイナミックビレイの式の導出が残されていたので、本記事の執筆の動機となりました。
本記事はGPT-6 Astraが執筆し、人間によるレビュー・修正を加えて作成しました。

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